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養育費の強制執行とは?手続きの流れや事前準備などについて

弁護士法人ALG 福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治

監修福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治弁護士法人ALG&Associates

離婚をして、子供と一緒に暮らす親は、子供と離れて暮らすもう一方の親に養育費を請求する権利があります。
しかし、養育費の支払いを取り決めたにも関わらず、約束どおりに養育費が支払われないという問題が多く発生しています。

決められた養育費を支払わない相手に対して支払いを強制する方法として、「強制執行」という手続きがあります。

本記事では、強制執行とはどういうものなのか、強制執行の流れ、強制執行を行う際の注意点や対処法など、「養育費の強制執行」について、詳しく解説していきます。

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養育費の強制執行とは

調停・審判などの裁判手続きで取り決めた養育費が支払われない場合、裁判所に申し出をすることで、裁判所から相手に支払いを促したり(「履行勧告」)、支払いを命じる(「履行命令」)制度があります。

しかし、これらの制度には相手に養育費を支払わせる強制力まではありません。そこで、相手がこれらを無視して、養育費の不払いが続くときは、最終手段として「強制執行」の手続きを利用することになります。

養育費の強制執行とは、裁判所を通じて、取り決めした養育費を支払わない相手の財産(給料や預貯金など)を差し押さえし、その中から強制的に未払い養育費を回収する制度のことです。

調停・審判などの裁判所の手続きで養育費を決めた場合のほか、強制執行認諾文言付の公正証書で養育費を取り決めていれば、裁判所へ強制執行を申し立てることができます。

支払い分まで差し押さえることができる

養育費の強制執行の場合、給料や家賃収入など、相手が継続的に支払いを受ける収入を差し押さえると、未払い分だけではなく、将来の支払い分についても、差し押さえた収入の中から支払いを受けることができます。

そのため、一度の強制執行の申立てによって、将来の支払い分まで受け取ることが可能になり、毎月の支払期限が来る度に強制執行の申立てをする手間が省けます。

差し押さえることができる財産

差し押さえることができる相手の財産は主に次のものです。

債権 給料 原則として手取額の2分の1相当額まで差し押さえが可能
手取り額が66万円を超える場合は、手取り額から33万円を引いた全額を差し押さえ可能
将来分の養育費に対しても差し押さえ可能
預貯金 差し押さえる時点で存在する預貯金全額の差し押さえが可能
将来の養育費に対しての差し押さえは不可能
生命保険 解約返戻金の差し押さえが可能
不動産 不動産(土地・建物) 不動産を競売によって売却して、現金化してから回収
動産 現金 66万円以上に限る
自動車 売却して現金化してから回収
貴金属 売却して現金化してから回収

養育費の強制執行では、給料や預貯金を差し押さえるケースが多いです。
差し押さえ後、換金手続きが必要な不動産や動産とちがい、勤務先や預貯金のある金融機関が分かれば、給料や預貯金を差し押さえ、そこから未払い分を回収する手続きは比較的容易なためです。

特に給料の差し押さえは、一度の申し立てで、未払い分と併せて将来分の養育費も継続的に差し押さえられるのが大きなメリットとなります。

養育費の強制執行前の3つの準備

養育費の強制執行を申し立て、相手の財産を差し押さえるためには、あらかじめやっておかなければならないことがあります。具体的には次の3つです。

  • 債務名義の取得
  • 相手の住所の把握
  • 相手の財産の確認

以降で詳しく確認していきましょう。

債務名義の取得

養育費の強制執行を行う際には、養育費の取り決め内容が記載された「債務名義」を取得しておく必要があります。
具体的には、次のような文書が債務名義となります。

公正証書 公証役場の公証人に作成してもらう文書。
※強制執行するためには、”強制執行認諾文言“の記載が必要。
調停調書 家庭裁判所の調停委員会を通して話し合う、「調停」が成立した場合に作成される文書。調停で合意した内容が記載されている。
審判書 裁判官がすべての事情を考慮したうえで審判をし、その内容が記載された文書。
判決 裁判(訴訟)を行い、裁判所が下した判断の内容が記載された文書。
和解調書 裁判の途中で双方が和解をした場合に作成される文書。和解内容が記載されている。

相手の住所の把握

強制執行の申し立ては、相手の住所地を管轄する裁判所に行います。
また、申し立て後は、裁判所から相手に書類を送付しますので、強制執行の申立にあたっては、相手の住所を把握していなければいけません。

相手の住所がわからない場合は、弁護士に依頼すれば、「職務上請求」という方法で、依頼者の戸籍から辿り、相手の現在戸籍や戸籍の附票、住民票を取得して、住民票上の住所を調査することができます。
そのほかにも、「弁護士照会(23条照会)」制度を利用して、相手の住所を調査できる場合もあります。

いずれにしても、相手の住所がわからない場合は、弁護士に相談しましょう。

相手の財産の確認

差し押さえることができる財産は、「不動産」「動産」「債権」の主に3つです。具体的な内容は、次のとおりです。

不動産 土地、家、マンションなど
動産 車、家具、宝石、現金、有価証券など
※生活に欠かせない家具や衣服、66万円までの現金(2ヶ月分の生活費)などは差押えの対象外。
債権 給料、預貯金など

強制執行するには、相手に上記のような財産がないか調査して特定しなければいけません。
具体的には、預貯金を差し押さえるなら預貯金を保有している金融機関名と支店名給料を差し押さえるなら勤務先を把握しておかなければいけません。

相手の財産を調査する方法としては、「財産開示手続き」、「第三者からの情報取得手続き」、「弁護士照会(23条照会)」があります。

「財産開示手続き」は、養育費の支払い義務者が裁判所に出頭し、保有している財産の状況を報告するものです。財産開示手続きに応じなかったり、嘘をついたりすると、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金の刑事罰が課せられます。

「第三者からの情報取得手続き」は、裁判所を通じて、相手の勤務先や預貯金、不動産などの財産情報を取得できる手続きです。

「弁護士会照会(23条照会)」は、弁護士会を通じて、相手の預貯金口座の情報や生命保険の解約返戻金予定額などを調査できます。この制度は弁護士に依頼した場合にのみ利用することができます。

ただし、例えば相手が自営業者で、把握できた財産が保有している預貯金口座の銀行名と支店名のみの場合、口座にお金が入っていなければ、強制執行をしても未払い養育費の回収ができない場合もあるので注意が必要です。

養育費の強制執行の流れ

ここからは実際に強制執行を申し立てる際の手続きの流れに関して、必要となる書類も含め説明していきます。

強制執行の手続きの流れ

申立てに必要な書類が準備できたら、次の①~④の流れで手続きをしていきます。
本記事では、養育費の強制執行でよく行われる給与や預貯金などの“債権”を差し押さえる場合の流れを説明していきます。

  1. ①裁判所に対する強制執行の申立て
  2. ②差押命令
  3. ③取り立て
  4. ④裁判所への報告

それぞれ詳しくみていきましょう。

①裁判所に対する強制執行の申立て

必要書類を裁判所に提出し、強制執行の申立てをします。債権を差し押さえる場合は、基本的に相手の住所地を管轄する地方裁判所が申立先となります。
また、申立時には次の費用も必要です。

  • 申立手数料:
    4000円分の収入印紙(債務名義1通・債権者1名・債務者1名の場合)
    ※債務名義・債務者・債権者が複数になると金額は増えますので、申立先の裁判所に確認することをおすすめします。
  • 郵便切手:
    必要な金額・切手の内訳は、裁判所によって異なる。

②差押命令

裁判所に提出した書類一式に不備がなければ、裁判所により、債権差押命令が発令されます。

まずは裁判所から第三債務者(相手の勤務先や財産を保有している金融機関など)に債権差押命令が送達されます。第三者債務者には、債権差押命令と併せて差押の対象となった給与・預金の有無や金額、支払いに応じる意思があるかなどを記載(回答)する陳述書が送達されます。第三債務者は陳述書に必要事項を記入し、2週間以内に裁判所に返送します。

そして、債権差押命令が送達された時点で、勤務先会社は給与のうち差し押さえられた金額を債務者(相手)に支払うこと、金融機関は債務者(相手)からの払い戻しや引き落としに応じることを禁じられます。

債務者(相手)にも第三債務者に送達されてから1週間後に債権差押命令が送達されます。
送達の時期をずらすのは、債務者(相手)が差押えを知ってすぐに預金を引き出すのを防ぐためです。

裁判所は、申立てをした債権者に第三債務者と債務者に債権差押命令を送達した日を記載した送達通知書と、第三者債務者から提出された陳述書を送付します。

③取り立て

債務者(相手)に対する差押命令の送達日から1週間経過すると、債権者は直接第三債務者に債権の取り立てが可能となります。

ご自身で第三債務者へ直接連絡をとり、支払い方法を指示して支払ってもらいます。
裁判所を通さずに取り立てを行うことで、より敏速かつスムーズに債権の回収が図れます。

一般的に給料の差し押えや預貯金の差押えの場合は、それぞれ次のように取り立てします。

【給料の差押えの場合】
勤務先に連絡して支払い方法を指定し、差し押さえた金額に達するまで、相手方の給料から天引きして支払ってもらう。

【預貯金の差押えの場合】
金融機関に連絡して支払い方法を指定し、相手方の口座の残高から、差し押さえた分の金額をまとめて支払ってもらう。

④裁判所への報告

取り立てを行ったら、その度に裁判所に「取立届」を提出して、いくら回収できたかを報告する必要があります。
差し押さえた分の全額を回収できた場合は、「取立完了届」を提出します。

なお、一部しか回収できず、これ以上取り立てを継続するのではなく別に強制執行の申立てをする場合には、「取下書」を提出して今回の手続きを終了させます。

このとき、「債務名義等還付申請書」も提出すれば、債務名義の正本と送達証明書を返してもらえるので、次回の強制執行の申立て時に使用することができます。

強制執行に必要な書類

裁判所に強制執行の申立てをするときに必要な書類は次の表のとおりです。

必要書類 解説
申立書 「①表紙」「②当事者目録」「③請求債権目録」「④差押債権目録」の4つが申立書のセットになる。
債務名義の正本 強制執行認諾文言付きの公正証書、調停調書、審判書、判決といった「債務名義」の正本が必要。
送達証明書 債務名義の正本または謄本が相手に送達されたことを証明する、「送達証明書」が必要。
※債務名義のうち“審判書”の場合は、「確定証明書」も必要。
戸籍謄本(全部事項証明書)、住民票、戸籍の附票 氏名や住所が、債務名義に記載されたものと現在とで異なる場合に必要。
法人の資格証明書(法人の登記事項証明書または代表者事項証明書) 給料を差し押さえるケースなどで、差押え先が法人の場合に必要。

「申立書」については、下記のように、ウェブ上で書式や記載例を掲載している裁判所もありますので、作成する際に利用することができます。

なお、債務名義に「強制執行を行うことができる」といった内容が明記されていない場合は、公証役場や家庭裁判所に、執行文付与を申し立てる必要があります。
執行文とは、債務名義に強制執行を行うことができる効力があることを公的に証明する文書です。

養育費の強制執行を行う際の注意点と対処法

養育費の強制執行を行うなら、確実に養育費の未払い分を回収したいと考えるのは当然ですが、状況によっては、思い通りに全額回収できないケースもあり得ます。

具体的に次のような事例が考えられます。

  • ①相手の住所や居所がわからないケース
  • ②相手が退職していたケース
  • ③預金口座の残高不足のケース

次項でそれぞれ注意点と対処法を詳しくみていきましょう。

相手の住所や居所がわからないケース

強制執行を申立てるときは、相手の住所を把握していなければなりません。強制執行の申立ては、相手の住所地を管轄する裁判所に行わなければならないこと、裁判所から相手の住所に差押命令を送達する必要があることが理由です。

そのため相手の住所や居所がわかなければ、裁判所に書類不備とみなされ、差押命令を発令してもらえず、未払い養育費の回収ができません。

弁護士に依頼すれば、「職務上請求」によって、住民票や戸籍の附票などを調査したり、「弁護士会照会(23条照会)」制度を利用して、相手の現在の住所がわかる可能性があります。

相手が退職していたケース

給料を差し押さえたものの、後に相手が退職してしまった場合、その給料に対する差押えの効力は消えてしまいます。そのため、退職するまでの給料分からしか、未払い養育費の回収はできません。

このような場合には、今回の強制執行は取り下げ、相手の新たな勤務先を見つけるか、ほかの財産を探して別に強制執行の申立てをすることになります。

預金口座の残高不足のケース

預貯金を差し押さえた場合、差し押さえた分を預金口座からまとめて取り立てます。つまり、1回の差押えで取り立てることができるのは1回だけだということです。そのため、差押命令が送達された時点で、預金口座の残高が不足していると、不足分は回収できなくなってしまいます。

預金口座の残高不足で全額を回収できずに手続きを終了したときは、相手の口座に新たな入金がなされるまで待ち、再び預貯金の差押えをしていくか、ほかの財産を差し押さえることなどを検討することになるでしょう。

法改正により養育費の強制執行が容易になった

強制執行をするにあたっては、差し押さえる相手の財産を明らかにする必要があります。この点、2020年4月1日の民事執行法の改正によって相手の財産を特定しやすくなり、以前よりも強制執行が容易になっています。法改正で変わったのは、主に次の2点です。

  • 財産開示手続の整備
    「財産開示手続」は、相手を裁判所に出頭させ、自身の財産について陳述させる手続きです。今回の法改正により、無視した場合などの罰則が強化され、利用できる範囲は公正証書を持つ者まで含まれるようになりました。
  • 第三者からの情報取得手続の新設
    裁判所を通し、役所や金融機関といった第三者から勤務先や口座に関する情報などを提供してもらう、「第三者からの情報取得手続」という制度が新たに作られました。

養育費の強制執行の手続きに関するよくある質問

Q:

離婚公正証書を作成していなかったら強制執行はできませんか?

Q:

相手の会社に強制執行を拒否されても養育費を回収することはできますか?

A:

給料を差し押さえて相手の会社に取り立てをしたところ、支払いを拒否されてしまった場合は、会社に対して「取立訴訟」を起こし、裁判で支払いを求めていく必要があります。その結果勝訴すれば、差し押さえている分の養育費を回収することができます。

退職している等の事情がないのなら、裁判で負けることは考えにくいでしょう。

Q:

養育費の強制執行をしてもお金がとれない場合はありますか?

A:

養育費の強制執行をしてもお金が取れない場合はあります。
例えば、差し押さえた預貯金口座にお金が入っていない場合や仕事を辞めていて給与の差し押さえができなかった場合などです。

強制執行しても未払い養育費分を差し押さえられなかった場合は、一度申立てを取り下げて、一定期間を空けてから、相手の預貯金口座に現金が入っていそうな時期(給料日直後など)や、新しい勤務先を調査してから、再度、強制執行手続きを申し立てるのが有用です。

Q:

養育費の強制執行をする場合、弁護士に相談・依頼した方がいいですか?

A:

養育費の強制執行は、申立てから養育費の回収までご自身で行うこともできます。

しかし、裁判所に提出する必要書類の準備、裁判所とのやりとり、相手の財産調査など大変な時間と手間がかかります。差し押さえを行う財産の種類によって、必要書類は異なりますし、必要書類に不備があれば、裁判所も差し押さえ命令の決定を出しません。
また調査不足や手続きのタイミングのズレから養育費が回収できないリスクが生じる可能性もあります。

スムーズに手続きを進め、確実に養育費を回収したいのであれば、弁護士に相談・依頼することをお勧めします。

養育費の強制執行の手続きは弁護士にご相談ください

養育費の強制執行の手続きを行うにあたっては、準備しなければならない書類が様々ありますし、差押えの対象となる相手の財産を調べて特定しなければなりません。これらの作業をすべてご自身だけで行うのには、相当な労力がかかるでしょう。

そこで、弁護士に依頼すれば、書類の作成や財産調査のための手続きはもちろん、強制執行の申立て手続き自体も、代わりに行ってもらうことができます。

強制執行の手続きをするのに時間がかかればかかるほど、養育費が支払われない状況が続くことになり、生活が苦しくなってしまう事態も起こり得ます。養育費の未払いが発生したため、強制執行して相手の財産を差し押さえたいと考えたときは、まずは弁護士にご相談ください。早期に問題を解決できるよう、懸命にサポートさせていただきます。

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